06.07.20:02
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03.13.22:33
境界線
皆さんご無事でしょうか。 今、みくしーにトイレが流れないーみたいなつぶやきをしましたが、自分のトイレが流れないことぐらいなんでもないだろう!なんて、不謹慎な発言と捉えられそうで削除しました。考えすぎなのはわかってますが、もう色んな境界線があいまいになってきているのを感じています。 死者の数にしても、人が何人も同時に死ぬこと自体が異常なんですが、それが百人千人単位になってくると、もう感覚がおかしくなってきます。 一人や二人の交通事故なんて、今は新聞にも載らないでしょう。
同じことかはわからないけど、たとえばみくしーやツイッターにつぶやくにも、どっからが不謹慎でどっからが謹慎なのか、そもそも地震以外の発言はしない方がいいのか、何が正しいのかわからない。 放射能からの避難も、20キロという境界線はどこからくるのか、情報の正確性、信憑性がわからない。
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地震が起きた当時、外を見るとお台場の方で煙があがっていました。近くのビルに目を向けると、高層ビルたちがぐにゃぐにゃと曲がって、ゆれている。
其の後も幾度となくくる余震に全く仕事が手につかず、気がついたら気仙沼が火の海に包まれている。 この世のものとは思えない、信じがたい光景。
この光景を見た後で夜通し飲み散らかす他部署の上司たちに冷ややかな視線を浴びせながら、私はただただじっとしていました。 ほんとあいつらどんな感覚してんだ。腹たってしょうがなかった。 明け方、奇跡的にタクシーをつかまえましたが、4時間以上かかってようやく帰宅。本当に疲れた。
一晩にして、何もかもが変わってしまいました。 吉野家に行っても牛肉がない。マックに行ってもドリンクしか出していない。 現実に起こっていて、かつ実際に自分が目の当たりにしている状況なのに、現実のこととは思えない、今まで経験したことのない感覚です。 う●こが流れないのもそう。どうなってしまったんだ。
今日は早く寝よう。皆さん、募金はしましょうね、せめてものできることとして。
03.07.23:37
りーまん。
自分の主義や思想をある程度抑えて波風立てずやっていかなきゃいけない状況は、世界のどこでどんな仕事をしていてもきっとあるんでしょうが、そもそもそれを前提として成り立つ職がサラリーマンだとしたら、それはとても哀しいことです。(いや、きっとそうなんでしょう)
新橋の居酒屋で管を巻く時間と金はもっと生産的な投資先があるはず。
‐‐‐‐
ヴァギちゃんのリクエストにお応えしてここに記しますが(笑)、昨日は彼とその彼女と、がんた、みやブロスで飲みました@吉祥寺
カラオケ行きたかったなー
がんたのパーリーやりましょう、きっと一番暇なみやブロスがやってくれるはず!笑
アイスランド破綻の映画とシンポジウムはとっても面白かったのでまた別途。
おやすみなさい◎
01.13.01:06
記憶
久しぶりに同級生と会って、そういえばそんなこともあったよねみたいな感じには思い出せるが、一瞬一瞬自分が何を思ってどう動いたかなんて、もはや今の自分の想像力で想像するしかなくなってる気がする。
いま、たしかに自分は生きてるし、今の自分は25年という歳月を積み重ねてきた結果のはずなんだが、その過程ってどうだったんでしょうか。笑
なんでもこと細かに覚えていることにどれだけ意味があるのかはわからんが、過去の自分とあっさりサヨナラしちゃわないためにも、こうしてブログでもなんでも記録しておくってのは有益なのかもしれないね。
01.11.23:20
小学生
って、非常にしっくりくる表現だと思う。笑
無差別殺虫(両生類含む)、爆竹、うんこ… 楽しかった。ただただ。笑
アリなどは食べてるやつもいた。
今の時代、特に東京の小学生は、ちゃんとサーチ&デストロイしてるんでしょうか。
ちゃんとっておかしいけど(笑)
いやでもね、そういうことやって大人に怒鳴られたりぶったたかれたりする中で、何をどこまでやっていいのか、自然と学んだっつーのは一理ありませんかねぇ。
つっても今は近所の悪ガキを注意できるような大人もいなくなってんのかなぁ
01.04.03:03
あと4日
皆さんあけましておめでとうございます。今年もこの零細ブログをよろしくお願い申し上げます。←なんやかんや4年目に突入
それにしてもあれですね、一週間で3キロ太るとか、体質というよりかはもはや才能に近いものを感じます。笑
北海道の飯がうまいからいけません。本当にあの地にはうまいものしかない。笑 普通の居酒屋に行くだけでも、東京との違いは歴然ですね。食材がのクオリティが違いすぎる。
さあ、もう二十代前半も残すところあと4日となりました。これまで誕生日というものはあまり意識したことがありませんでしたが、今年は24歳から25歳に一年歳をとる重みをかつてなく感じています。何を自覚したためにこう感じているのかはうまく説明できませんが、喜ぶでも悲しむでもなく、非常に厳かな気持ちでこの日がくるのを待っている感じです。
そんな言葉が出てくる人の部屋とは思えないほど、おれの背後は散らかっています。
いずれにしても、この25歳の一年が自分にとって大きな転機になるであろうことは、わざわざ占い師に言われるまでもなく自分が一番よくわかっている気がします。
因みに占い師のところには行ってません。
※誕生日をアピってるわけじゃありません笑